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長坂憲道オフィシャルサイトには
載っていない非公式情報が満載

意外な一面を覗いてみたり
笑ったり呆れたりしてください







CD「太陽とアコーディオン」第一版の
ジャケット裏に掲載されていたこの写真

「息子さんですか?」とよく訊かれる
そう見えても仕方ないけれど実は俺本人。

実家に立ち寄った際に
母から手渡された極秘発掘写真

この頃から左目だけ大きいのである
母の若き日の写真も
み〜んな左目だけ大きいので
まちがいなく遺伝であろう

それより何より
デオンには全く縁の無かった子供が
デオン遊具で遊んでいるではないか

30年後を予言していた貴重な写真か?!
年代
主なできごと
1969年
◆繊維業界営業マンの父と看護士の母の元に生まれる。音楽には全く無縁な環境。
1973年
◆自分の意志ではなく、音楽人生がスタートしてしまう4歳の幼稚園児。
1976年
◆小学校に入ってからは、スポーツ好きな父の影響で野球に夢中。やはり音楽とは全く無縁となる。
1978年
◆ピアノを購入したのを切欠に習いに行き始めたが、面白くないので半年もしないうちに辞める。
1979年
◆当時の受け持ちだったマルチプレイヤー音楽専科教師に憧れ、音楽の大学への進学と音楽科教員になることを目指す小学4年生。
1980年
◆テレビやラジオから聴こえてくる音に併せて、適当にピアノを弾く楽しさに味をしめる。
1981年
◆YMO全般やTOTOの"ROSANNNA"を聴いて、音楽科教員になるはずの目標をプロミュージシャンの道へと方向変換した中学1年生。
1983年
◆同級生の実兄が率いるバンドにキーボード奏者として加入、ライブハウスに初めて出演したのは中学3年生の頃。
1986年
◆同級生と共に結成し高校生バンド"SIRIUS"(後のSing-Walky)にてYAMAHA POPCON関西四国大会進出。テレビ、ラジオにも初出演。この当時はドラマー。
1988年
◆バンド活動に夢中で相変わらずの勉強嫌いで高校生活も4年目となるが、急に大学進学を目指して勉強を始める。音大受験用に俄仕込みでピアノも習う。同時にドラマー山下政人にも師事。
1989年
大阪芸術大学入学と同時にロックドラマーとして多岐に渡る活動を開始。ゲーム音楽を作曲するバイトも。
1990年
◆大阪芸術大学New Folk Club部長に就任。大阪芸術大学で最大の規模のクラブに成長。
1991年
◆押尾コータロー率いるプログレバンド"objet"(オブジェ)にドラマーとして加入。積極的な活動はライブハウスだけにとどまらず、ボーリング場のレーン上に組まれた特設ステージライブまでも経験する。
1992年
イカルス渡辺とロックバンド"チューニング・クルー"を結成。当時の長坂憲道は、当然の長憲はドラムを担当。
◆高校での教育実習を経験し、子供の頃に抱いていた学校教員への夢が蘇り、一時は再び音楽科教員を志すが。
1993年
◆大阪芸術大学卒業制作においての音楽作品が、研究室賞を受賞。卒業と同時に、中学校一種及び高等学校一種の音楽科教員免許を取得。
◆華々しく新卒の新人音楽家としてデビューを飾ると思いきや、時代はバブルの崩壊が本格化。何故かクリーニング業への門を叩く。
1994年
イカルス渡辺とのユニット"アブ・ノマール"を結成。当時の長憲はピアノ。レストランでのレギュラー演奏を。
1995年
◆関西テレビスポーツ局製作のドキュメンタリー番組にて、テーマ曲やBGMの作曲、演奏を担当。
1996年
◆ミュージシャン業よりも、副業だったはずのクリーニング業に明け暮れる。音楽だけじゃ食えないことを痛感して一番苦しかった時期。どん底だった。安定を目指して再び中・高校の常勤/非常勤講師への転職も試みていたが・・・
1997年
◆某ロック系バンドにバンドマスター、アレンジャーとして参加。在籍中の2年間で日本全国300ヶ所以上のステージに出演。
◆秋頃に大阪・日本橋の中古楽器店でアコーディオン購入。今までアコーディオンには全く縁も興味もなかったが、一夜にしてこの楽器の魅力にとりつかれ、急速に夢中になり始める。
1998年
◆アコーディオンの屋根裏部屋開室
アコーディオンでの初仕事は、クラウン(俗に言うピエロのようなメイク、衣裳)に扮したデオン弾き。他の被り物系の演奏も頻繁にやっていた。
◆音楽企画制作出版のホライゾンミュージックを設立。商用音源の創作でアコーディオンを主体にした作品が多くなる。
◆金子鉄心(サックス、笛奏者)、岡部わたる(ギター、打楽器奏者)、押尾コータロー(ギター奏者、2000年に脱退)と共にOSAKA EXILEを結成。(2004年の初旬に解散)
1999年
いしだ壱成の3rd.CDアルバム"pur"のレコーディングに、コンサーティナ、アコーディオン奏者として参加。
池田大其率いる、IKE-CHANバンドのライブ及びCDレコーディングにキーボード、アコーディオン奏者としてサポート開始。
2000年
b-flowerのライブ活動を、キーボード、アコーディオン奏者としてサポート。
◆ロック&ポップス・バンドSun-Qを結成、ドラマーとしての活動を再開。(現在活動休止中)
今滝真理子のCDレコーディング、及びライブにてキーボード、パーカッション、アコーディオン奏者として活動をサポート開始。(現在活動休止中、2006年再開予定)
OSAKA EXILEファースト・アルバムを12月初旬に発売。
2001年
◆ROCK and POPSバンドSing-Walkyが1991年春に録音した簡素でチープなアナログ・レコーディングからのRe-Mixが完成。(非売品)
Sun-Qファースト・アルバムが11月に発売。
◆Formal Style Rock Band Clumsyでは初心に帰り、長憲は「バッテリー」という芸名でドラムを叩く。若手ミュージシャンに混ざり、関西のライブハウスにて精力的に活動。
2002年
OSAKA EXILEセカンド・アルバムを4月19日に発売。
◆日本を代表するオール・ラウンド5弦バンジョー奏者、吉崎ひろしのCDアルバムに、 アコーディオン、ピアノ奏者として参加。
◆長憲の作品集第一弾「太陽とアコーディオン」を8月29日に発売。アコーディオン・ソロでのライブ活動を積極的に取り組む。
2003年
NHK-FM全国放送のオーディオドラマ、中江有里作:「納豆ウドン」の全劇中曲を作曲、演奏ともにOSAKA EXILEが担当。
イカルス渡辺との因縁の再会?!ソロとなったイカルス渡辺の活動を、キーボード、アコーディオン奏者として活動をサポート。
大阪府老人大学にてアコーディオンを担いだ一般教養科目講師を務める。
ジュン・ヤマムラのバンドマスター、アレンジャーを務める。
◆7月から長坂憲道ソロ・アーティストとしての本格的な活動を開始。メディアへの積極的な出演を開始すると同時に、CD収録曲も多くのシーンで採用。11月〜12月には初の全国ツアーも敢行。
2004年
◆長坂憲道セカンド・アルバム「温暖湿潤アコーディオン」が7月19日「海の日」を全国リリース。6〜8月に夏期ツアーを実施。
◆長坂憲道ファースト・アルバム「太陽とアコーディオン」にボーナストラック1曲を加え再版、8月7日に全国リリース。
◆長坂憲道サード・アルバム「クリスマスに聴くアコーディオン」を10月10日に全国リリース。9〜11月に秋期ツアーを実施。
◆アコーディオンの屋根裏部屋WEB RADIO「やねらじ」の配信をスタート。月に3回「4」の付く日に更新。
2005年
◆NHK全国放送「お昼ですよ!ふれあいホール」にて、長坂憲道ファースト・アルバム「太陽とアコーディオン」から選曲&オンエア。
◆Roland社の新製品、V-Accordionnのデモンストレーターとして、全国的に活動開始。
2005楽器フェアの全日程でRoland V-Accordionのデモンストレーションを担当。
2006年 サウンド・スパーク2006の全日程でRoland V-Accordionnのデモンストレーションを担当。
◆Gay Singer & SongWhiter 屋良朝友のCD Album "With You"に、V-AccordionとSynthesizerの演奏で参加。
◆Rolandの電子パーカッション"HAND SONIC 10"のデモンストレーションDVDにて、"トミー・スナイダー"氏と共演、同DVDは全国の楽器店にて配布中。
高等学校音楽科非常勤講師として、2カ所の大阪府立の高校にて授業をスタート。
らりりるれれに正式加入。ドラマーとしての活動を本格的に再開。
◆リットーミュージックのキーボードマガジンに、V-Accordion FR-3の新製品レビューを寄稿。
◆NHK総合テレビおはよう日本に電子アコーディオン奏者として出演。
◆長坂憲道第4作目となる「Vivid Accordion」を11月30日に全国リリース。

こんな隅々まで読んでいただけて、とても嬉しいです!もし、よろしければ、もうチョットだけ。
アコーディオンの屋根裏部屋
©1998-2005
Norimichi Nagasaka